今、注目される日本のデザイナー達Ⅲ~阿部 千登勢(あべちとせ)~

出産を契機に「日常の上に成り立つデザイン」を実現


阿部千登勢氏 参照:https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/2019-09-25-20th-movie-chitose-abe

阿部千登勢氏は、海外でも人気の高い「sacai(サカイ)」の創業者デザイナーとして有名です。日常的に使用するカジュアルな素材やアイテム(例えばニットやデニムなど)を、異なる素材と組み合わせることによって、新たなモードをつくり上げたとして、高い評価を得ています。「今、注目される日本のデザイナー達」の第三回は、「日常の上に成り立つデザイン」をつくりあげた、阿部千登勢氏を紹介していきます。

ファッションデザイナーに憧れていた少女

阿部氏は、1965年に岐阜県で生まれます。母親が仕立てをおこなっているブティックで働いていたこともあり、小さい頃から洋服を意識する環境にありました。小学生のときには人形の洋服を作るのが好きで、テレビで初めて「ファッションデザイナー」を見た瞬間に、「これになりたい!」と思ったそうです。
そして、その気持は日本を代表するブランドをつくりあげた現在でも変わっていないと言います。それはまさに阿部氏にとって、「ファッションデザイナー」という職業が天職だという証左と言ってよいでしょう。
そして、ファッションデザイナーに憧れた少女は服飾の専門学校を経て、上京。大手アパレルメーカーのワールドで2年間働いた後、強く憧れていたブランド「コム・デ・ギャルソン」に入社します。

人生の転機となった出産

コム・デ・ギャルソンでは「JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS」の立ち上げにも参加。阿部氏自身も「今の自分自身の世界を築きあげるベースを作った」と語っているように、非常に大きな影響を受けたようです。
しかし、彼女には「自分のすべてだった」とも語る仕事を離れても、成し遂げたいことがありました。それは出産と子育てです。悩んだ末に仕事を辞めて、母親として生活を選びます。
ただ、ファッションデザイナーに憧れた少女の思いは、母親になっても変わっていませんでした。阿部氏は今までの既成概念を転換することから始めます。今までのファッションブランドは、シーズンごとに何十、何百という型のデザインを起こし、きらびやかなショーで発表する、それが多くの人が思い描く姿でした。
阿部氏はその発想を切り替えたのです。「3型くらいであれば子育て中でも特別なものが作れるのではないだろうか」、そのアイデアから、得意のニットと布帛(ふはく)という異なる素材を組み合わせて、最初の試作品が完成します。その後バイヤーの意見を取り入れ5型のコレクションをスタートさせたのが、「sacai」のスタートとなります。

自宅のリビングから、世界的なブランドへ

「日常」と「オリジナリティ」を大切にするブランド


参照:https://www.fashionsnap.com/article/sacai-2021ss-show/

「sacai」のスタートから3シーズンくらいまでは、自宅のリビングで展示会のような形で服を紹介していたそうです。広告も、ショーもありませんでした。しかし、その新しいブランドの名前は、バイヤーやスタイリストなど、服飾関係者の間へと瞬く間に広がっていきます。
そして、その人気は国内に留まらなくなり、2004年にはパリで展示会も開催されました。これを機に世界的な評価は非常に高くなります。自宅リビングからスタートしたプライベートブランドは、世界的なブランドへと飛躍していくのです。
2010年の春夏コレクションからは、アウトドアファッションで世界的に有名な「モンクレール」から阿部氏が手掛ける「モンクレールエス」を発表、日本人としては初の快挙となっています。その後もパリコレへの参加、2度の毎日ファッション大賞受賞など、日本を代表するデザイナーとして知られるようになりました。

変わらぬ「sacai」のコンセプトと、活躍


参照:https://www.fashionsnap.com/article/sacai-2021ss-show/

日本を代表すると言っても良いブランドに成長した「sacai」。しかし、そのデザイナーである阿部氏のコンセプトは変わりません。ハイブリッドの発想を組み込み、ニットと繊細な織素材など、対照的なテクスチャーのファブリックを組み合わせ、パターンを再解釈し、予想外のフォルムとシルエットに洋服を変化させる。そして、それらは独特のエレガンスさを持つのです。ある特定の機会だけではなく、日々の様々なシーンにおいて成立する「日常の上に成り立つデザイン」、それは阿部氏が考える洋服の普遍的なコンセプトです。
このコンセプトを貫く「sacai」は、現在も多くの人々に支持されています。2020年には小田原の海辺に位置する江之浦測候所でのショーを開催、ヨーロッパやアメリカにも多店舗を展開し、アジアでは香港と北京、そしてソウルにオープンしたフラッグシップストアがあります。
日本のみならず、世界のファッション界が注目する「sacai」、そしてデザイナーである阿部千登勢氏は、これからも世間が驚く独創性に飛んだモードを提供してくれることでしょう。