1970年代から2010年代までのファッションについて当時のカルチャーを踏まえながら、全5回に分けて解説していきます。今回は1980年代をフィーチャーします。
揺り戻しの時代
女性解放が叫ばれた1970年代から一転して、保守的なスタイルが主流になってきたのが1980年代です。様々なモードの開花を経験した社会は、その混乱を鎮めるためにもう一度男女の異質性に目を向けてみようと考え始め、昔ながらの伝統を踏襲したスタイルを重視しました。だからといって時代が後退したというわけではなく、新たな「保守」のスタイリングを提案するようになったのです。日本では高度経済成長の流れを汲み、どんどん「バブリー」になっていった時代。そんな時期に流行ったものごとを振り返ってみましょう。
(出典:https://togetter.com/li/823016)
ボディ・コンシャスとパワー
「オッケーバブリー!」でおなじみ、平野ノラが着ているあの赤いスーツ。あれは1980年代を象徴する服装のひとつです。肩パッドが入っていて、なんとも威圧感があるのですが、その「威圧感」こそ、実は当時の女性たちに必要だったのです。保守的になった社会で、女性は以前のように女性らしくあれ、とおとなしくしていたわけではありません。己の「女性らしさ」を最大限強めるために、肩パッドで肩を広く見せて逆に「腰を細くする」という効果を狙っていたのです。それと同時に、男性と共に社会に出て仕事をする女性は、男性が圧倒的多数の組織の中で対等に渡り合っていく必要がありました。だからあのように女性の中の強さを象徴するかのようなジャケットを着ていたのです。
他にもワンレングスのヘアスタイルが流行ったり、ボディビルも主流になったりしましたが、それらはすべて「女性が女性の美しさ、魅力を最大限に活用するため」のものだったのです。その際たるものが「ボディコンファッション」。セクシーでパワフルな当時の女性たちは、各々の身体を女性としてより魅力的に見せるために、あえてボディラインが強調されて出るような、色っぽい服装を好みました。その時代のアイドルなどのポップアイコンの影響もありますが、全体的に女性が性的魅力を武器として使っていた印象があります。そんな時代においては、「新しい保守」……つまりコンサバティブ・スタイルが話題を席巻するようになりました。バブル景気の後押しとして、高級ブランド信仰が高まり、女性らしい服装をすることがブームに。そしてラルフローレンやアルマーニといった海外ブランドも、こぞって働く女性の「着心地の良さとエレガントさ」を演出するアイテムを発表。そして、日本でもたくさんの女性が海外の高級ブランドファッションを身にまとって、女性らしさを謳歌していた、というわけですね。
(出典:https://fundo.jp/90228)
ダイアナ妃ブーム
この時代を語るのに必要な女性――それは、ダイアナ妃です。パパラッチに追いかけられて不慮の事故で亡くなるまで、彼女はファッションアイコンとしてもたくさんの影響を与えました。結婚式の豪華さは稀に見るもので、多くの女性の憧れとなり、それと同時に様々な苦難を乗り越える、自立した女性でもあったダイアナ妃。その「力強さ」と「美しさ」が、遠く離れた日本の女性をも虜にしたのだと私は考えています。バブル景気で過熱した、華美なものを好む風潮とも相まって、社会現象となりました。彼女をお手本にしたファッションの流行も、1970年代から続く「レトロルック」の拡張だといえるのかもしれませんね。
(出典:https://togetter.com/li/823016)
これらの画像は、1970~1980年代当時の雑誌の中身です。こんな風に、ファッションのお手本になる存在があったこと、そしてそのお手本が若年層に広く受け入れられていたことがうかがえます。
川久保玲の衝撃
日本人デザイナーの活躍はこの時代も顕著でしたが、当時のファッションシーンにおける異端児として、物議をかもしたのが川久保玲の発表した真っ黒な服でした。全体的にルーズで、スタイリングから1着の服の中にある素材も切り方も繋ぎ方も不規則。見る者になんとなく不安感を与えるそのファッションは、当時の華美なものをプッシュするモード界から大きな非難を浴びました。それでも次第に川久保の作品を支持するデザイナーが増え、現在でも国内外に多くのファンがいらっしゃいます。ファッションの潮流から外れた作風で当時こそバッシングがありましたが、現代の私たちがそのスタイルを見直してみると、非常にスタイリッシュでクールな印象を受けます。時代を先取っていた、ということなのかもしれませんね。時代の流れに逆らう形でのカウンターカルチャーも成長しつつあったのが、この時代のファッション業界だった、というわけです。
(出典:Dress:morio_deguchi on hatenablog)
ヴィヴィアンウエストウッドの挑戦
海外のブランドでも、川久保とまではいかなくても衝撃を与えたものがあります。それがヴィヴィアンウエストウッド。セクシーさと共に女性の身体を覆い隠すようなデザインを発表し、他のブランドとは一線を画しました。ヴィヴィアンウエストウッドは今でもパンク調で攻撃的な独特のデザインを生み出していますが、ボディコンファッションの流れに逆らうかのような二律背反を早期に成立させてみせたところに、このブランドのすごさがあります。生み出したデザイナー自身もパワフルな時代を象徴する人物のひとりだったということがお分かりいただけるかと。
(出典:http://dollar.jp.net/blog/20170410)
私はこう見る!
現代に生きている若者は経験したことがないくらいの好景気に後押しされた「華美なもの」「高級感」を目指し、シックで上品なものを好んだ時代が1980年代でした。BCBG(※パリ上流階級の着こなしのこと。ベーセーベージェーと読みます。ボンシック、ボンジャンルの略語で、英語で言えばグッドスタイル、グッドクラスとなります。パリの上流階級のライフスタイルや、それ背景にしたシックな着こなしを象徴する言葉です。フランス版プレッピーとも言える、トラディショナルでコンサバティブなスタイルでした)という言葉も流行するくらい、女性は上品でエレガントな、着心地の良いものを着て過ごしていました。ただし、それだけが「保守」「コンサバティブ」ということではなく、それと同じくらいに「力強さ」「パワフルさ」という言葉がキーワードになる時代なのだと感じました。現代では考えられないくらい金払いが良かった、と言ってしまえばそれで終わるのかもしれませんが、私は「パワフルさ」というところに注目して考えたいと思います。
女性が抑圧から解放され、そこから己の力で生きていかなければならないとなったときに、女性たちはまず着飾ることで強さを手に入れた、というふうには考えられないでしょうか?
ファッションという武器を使って、自分の性的魅力も使って、どんどん勢いを増しながら流れていく時代の荒波をかき分けていかなければならない。その原動力をどこから得るか、ということを考えると、まずはお洋服からなのかな、と考えるのは妥当だと思います。女性が美しく着飾ることが社会からも女性からも求められた時代に、オシャレをしないのはもったいない! とばかりにパワフルでセクシーな装いに身を包み、「新しい保守」の時代を創っていったのです。そのたくましさに、私は感動するのです。
多くの女性は、社会に出るときに「外見」をどうするかという問題に行き当たります。高校まではお化粧を禁止されていたのに、いざ大学生となると急に可愛い服を着てばっちりメイクして大学へ行く……とデビューしていく女性も多くいらっしゃいます。彼女らが「自分をどう見せるか」を考えていることは、女性史などの研究対象にもなるくらいに興味深い事実です。選んだメイクや服装によって、個性を演出したり大勢にまぎれたり、TPOに合わせて様々な表情を見せる女性たち。そんな存在が、ファッションの力を(意図的に、あるいは無意識的に)活用して、そしてファッションに勇気をもらって社会に爪痕を残していくようになったのでしょう。その始まりになった時代が、この1980年代にあたるのだと思います。たくさんの女性が力強く、そして美しく、エレガントに駆け抜けていった、華やかな時代が1980年代だった、と言えそうです。
(ライティング:長島諒子)