1970年代から2010年代までのファッションについて当時のカルチャーを踏まえながら、全5回に分けて解説していきます。今回は1970年代をフィーチャーします。
ファッションの「自由」が始まる
1970年代のファッションを考えるために必要なキーワードは、「女性解放」です。1970年代は女性解放運動が盛んだった時代。今よりも女性たちには自由がなく、「見られる性」という言葉に象徴されるように、女性は常に男性の「所有物」として認識されていました。それを改善していこうという動きが、フランスを中心に始まります。様々なファッションの在り方、女性の装いの転換のきっかけは、「女性の身体を女性の手に取り戻す」ための抵抗から始まったのです。
イヴ・サンローランの顧客としても有名なフランスの女優、カトリーヌ・ドヌーヴは、この女性解放運動に積極的に参加した著名人です。女性がありのままで美しくあることを強くアピールしたパワフルな女性。そんな彼女が切り拓いた時代は、どのようなモードが流行したのでしょうか?
(出典:wear.jp)
個性の開花
1970年代は様々な装い、モードの混在した時期でした。女性がどんな服装でも気兼ねなく出歩けるようになるまでには、まだ少し時間がかかるのですが、それでも「着たいものを着る」という意志のもと、多種多様なファッションカルチャーが誕生しました。ヒッピースタイルと呼ばれるゆったりした柄物を多用したファッション、その土地の民族衣装に興味を持った人々のフォークロアルック、英国で人気を得たパンクスタイル……多様な服装から、女性たちは「自分で着たいものを選べる」という自由を得られるようになったのです。現代ではどんな服装をしていても特に問題はありませんが、当時はとても革新的なことだったのです。それだけ、1970年代以前には女性の立場や自由が無かったということでもあります。
ここで特徴的なふたつのスタイリングについてご説明します。
ひとつめは、レトロルック。歴史上の人物やシネマヒロインに着想を得て、古き時代の服装を楽しむ文化が、1970年代にも存在していた、ということです。
シャネルのファッションデザイナーにして、シャネル復活劇の立役者である伝説の男……故カール・ラガーフェルド(2019年没)は、このシネマルックに注目し、ブランドのコンセプトにあの悲劇の王女マリー・アントワネットを選びました。これで大ヒットするわけなのですが、この一見懐古趣味ともとれるファッションのムーヴメントは、当時の人々に(レトロという言葉とは裏腹に)鮮烈な印象を与えました。だって、シャネルの服を着れば、誰でもマリー・アントワネットのような美しさが手に入れられるかのような、魔法がかかる気がしませんか? そんな錯覚すら抱けるように仕組んだところが、ラガーフェルドのすごいところです。辣腕ぶりが凄まじい。女性が自由に服装を選び、どんなふうに着飾るか各々が決められるという自由を、まさに利用した形になったわけですね。
現代でもシネマヒロインをお手本にしたブティックのカタログなどはたくさんありますが、その源流がこの時代にあると思うと、なんだか親近感が湧いてきますね。当時の人々が「あんなふうになりたい」と願って、それこそお洋服に魔法をかけてもらう気持ちでファッションを楽しんでいたのです。
もうひとつは日本での文化です。それは「雑誌の創刊」。今でこそ出版業界は不況だと言われていますが、その当時は様々な雑誌が創刊され、話題を呼びました。JJなどもこの時代から続いている雑誌です。そして海外ブランドの商品も日本国内に流通するようになり、それらのファッションアイテムを雑誌と共に購入して、日本の女性もレトロルックよろしく「あの憧れの人の真似ができる」と胸躍らせる時代が1970年代でした。現代ではInstagramやTikTokなどのSNSが流行の発信源になっていますが、それが無かった時代でも「きれいなあの人みたいになりたい、真似したい」という欲求は常にあったのです。
以上の二点が、この時代の中で私が気になった「誰でも自由に真似できる」1970年代発の文化でした。
(出典:wear.jp)
日本人デザイナーの進出
三宅一生や高田賢三らに代表される日本人デザイナーのパリコレ進出が始まったのも、1970年代だった……という事実、皆さんはご存知でしたか? 2000年代以降も日本のデザイナーの活躍ぶりは目を見張るものがありますが、その嚆矢となったのは彼ら日本人デザイナーでした。
彼らは日本独特の文化をオリエンタルな雰囲気と共に世界に送り出し、それらは賞賛や驚きをもって受け入れられてきました。あまりにも前衛的すぎて、ときに批判を受けることもありましたが、日本の着物にインスパイアされたファッションは、確実に世界に届き、世界各国のデザイナーの間で流行するようになったのです。そしてその流れは次第に「カワイイ」という合言葉で示されるようなファッション業界の常識として、世界に大きな影響を与えていきます。最初は世界に追随するような形式で、女性の自由が叫ばれた日本。そこから生まれてきた実力者たちは、今日も世界のトップレベルで鎬を削っています。
(出典:ファッションプレス)
私はこう見る!
1970年代のファッションカルチャーは、「自由」「女性解放」という政治的な色の強いキーワードを標榜しながらも、「憧れのポップアイコンを真似する」というところは現代とそんなに変わりのない、きわめて身近な時代でもありました。女性が自由に着飾れるようになったのはたかだか50年前なのだ、という事実にもびっくりしてしまいますが、それを支えてくれた多くの先人たちに感謝しつつ、現代との比較で考えると「混沌」という共通項も見つかりそうです。
現代のファッションも、ストリートからロリータまで多種多様です。何を着ても自由。まさに混沌とした、モードのガラパゴス化とも呼べそうな展開をしています。ただ、そこに偏見は確かに存在していて、ロリータ服の女性はモテない……などの事実もあります。人間の感じ方はそれぞれなので、矯正はできませんが、できるだけ私自身はどのファッションにも寛容でありたいと思っています。そしてその気風が感じられたのが、1970年代の流行だったような気もしています。だからこそ、1970年代のスタイリングや流行、トレンドを知ることは、多様化社会を語るうえで欠かせないのですね。
そんな「自由」「混沌」を極める現代ではあるのですが、TPOにあわせた服装(いわゆる就活スタイルみたいに、判で押したような格好をしなければならないこと)も厳しくチェックされることも多く……マジョリティの声に抑圧されることもしばしばあります。1970年代の入社式では、かなり自由なファッションで臨んでいる女性の写真なども残っているので、そこは差異と言わざるを得ません。服装の自由と、画一化のはざまで揺れているのが現代日本社会のファッションなのだろうと推察します。
レトロルックが大好きな私は、1970年代のドレス(古着)も持っています。それはとても繊細なつくりで、「きれいになりたい」「着飾りたい」という乙女心をくすぐる素敵なお洋服です。でも、ただ可愛いだけではない、その時代の「たくましさ」を感じさせるデザインや美しさを兼ね備えています。そこには現代の「みんな同じような服を着ている」現象とは異なる、自分だけの美しさを追い求める姿勢が強く表れています。1970年代は激動の時代で、その時期にファッションを嗜んでいた人たちは、おそらく毎日新鮮な気持ちで服に袖を通していたのでしょう。勝ち取った自由を謳歌する、そんな個性豊かな美しさに満ちあふれた時代が、この1970年代なのです。
(ライティング:長島諒子)