皆さんは「ファッション」なるものを、どのようにとらえていますか? これは様々なキーワードから謎多き「ファッション」を紐解いていく連載です。
ブランドの誕生とその神秘

(出典:GUCCI)
2021年、創設100周年を迎えたグッチは、「グッチ・ラブ・パレード」と題したファッションショーを、ロサンゼルスのハリウッド・ブールバードにて実施しました。COVID-19がはびこるなかで、100名以上のモデルを起用した大規模なショーはリアルタイムで世界中に配信され、現在のグッチが掲げるみっつのイメージ――折衷的、コンテンポラリー、ロマンティックについて物語る、という構成になっていました。こうしたファッションショーは最新のコレクションを披露するだけにとどまらず、ブランドイメージを消費者に伝える役割を持っています。
「ブランディングとは、物語を伝えること」であると、マーク・タンゲートは端的に説明しています(Tungate 2012)が、ファッションブランドはショーや広告、ショップ空間などを通じてイメージを作り出し、ブランドの意味づけを行ないます。それを受け、私たちは服やバッグ、アクセサリーといったブランドが販売する製品に、機能的価値以上の何かを見出すことで「これを身につけよう」と決めるのです。今回は冒頭でふれたグッチを例に、ブランドというものが持つ価値を探っていきます。
1921年にイタリア・フィレンツェで創設されたグッチは、経営権をめぐるお家騒動、LVMHの買収劇など幾多の紆余曲折を乗り越え、そのブランド価値を保持してきた企業として注目されています。革製品の仕入れ販売業から始まったグッチを、イタリアを代表するラグジュアリーブランドまで発展させたのは、メイド・イン・イタリーを背景とするクラフトマンシップと品質の高さであることは周知の事実です。しかしそれと同じくらい、グッチを有名ブランドにした要因があります。それは、グレース・ケリーやソフィア・ローレン、オードリー・ヘップバーンといったセレブリティを顧客としたブランディングです。これによってブランドの地位は確固たるものとなりました。なかでもジャクリーン・ケネディが愛用したバッグとして有名な「ジャッキー」は、今でもグッチのアイコン的なアイテムとして憧れの対象となっています。そのバッグにも使われているGGパターン(グッチの頭文字である「G」をふたつ重ね合わせたロゴを格子上に配置した柄)と、ウェブライン(緑と赤の二色使いで構成されたストライプ)は、一見してそれがグッチの製品であることを示し、それゆえにヴェブレンが言うところの「顕示的消費(見せびらかしのための消費)」と結びつきます(ヴェブレン、1899)。ステータスの高さを表示するために、ラグジュアリーブランドの製品を所有するという消費行動が生まれるのです。

(出典:GUCCI)
「ブランド」という言葉はもともと、家畜に焼き印をつけ、その所有権を示す行為を指していましたが、工業化が急進する19世紀頃から今日のような使い方になってきました。大量生産時代において、他社製品との差異化、差別化を図るため、それと同時に消費者が自社製品を容易に識別できるようにするため、商標の必要性が高まってきたのです。ファッションの分野における商標の使用は、19世紀後半にフランス・パリでオートクチュールの仕組みが整備されていくなかで、シャルル・フレデリック・ウォルトやポール・ポワレといったクチュリエたちが、自社のデザインを保護する目的でドレスの裏地にネームタグを縫いつけたことによって慣習化しました。1896年に考案されたルイ・ヴィトンのモノグラムも、当初は識別と保護のためという意味合いが強かったのですが、次第に装飾的な用途として表地に使用されるようになると、顕示的な記号として注目されるようになりました。実はこれがターニングポイントで、ブランドのロゴやネームが前面につけられたTシャツやバッグなどが作られるようになり、第二次世界大戦後に登場したライセンスビジネスが決定打になりました。所有権を保有する企業が他社にブランド名を貸し出すライセンスビジネスは、1948年にクリスチャン・ディオールがアメリカにおいて始めたライセンス生産を皮切りに、イヴ・サンローランやピエール・カルダンなどがビジネスモデルを確立しました。
グッチもまた、70年代から80年代にかけてライセンス事業を拡大しています。マグカップ、スコッチウイスキー、ライターや灰皿など、グッチの名前が入った商品が大量に商品化されましたが、その数なんと2万2千点。しかしこうした事業がブランド価値を失墜させる事態になり、コピー商品がたくさん売られるようになってしまったのです。

(出典:GUCCI)
そんなグッチのブランド価値を再建させたのは、90年代にクリエイティブディレクターを務めたトム・フォードの手腕によるところが大きいとされています。「セクシーなグッチウーマン」というイメージを打ち出し、新しい顧客の獲得に成功しました。このときトム・フォードは、服やバッグのデザインのみならず、広告からショップ空間までブランド全体をディレクションしなおすことで、古臭くなっていたブランドイメージを刷新しました。こうしたイメージ戦略は現在のディレクション担当にも受け継がれており、クリエイティブであるブランドという意味づけに成功している例でもあります。
私はこう見る!
私もブランドの服を購入する際に、そのショップ空間の雰囲気や、公式サイトのイメージ、デザインの統一性を意識して購入しています。ラグジュアリーブランドはさすがに手が出ませんが、質の良いもの、環境に優しいものにはお金をかけたいと思うので、製品の詳細に「再生繊維使用」「植物性染料使用」とか書いてあったり、積極的にリサイクル活動をしていたり、といったブランドにはお金を払う傾向があります。我々消費者はどうしても前述した「見せびらかしの消費」をしてしまうくせがあるので、その見せびらかしを悪ととらえるのではなく、多様化した自己表現のひとつとして使えたらいいのではないか、と考えています。環境に優しいものを作るという、サステナビリティに対する服飾業界の各企業の考え方にはそれぞれきちんとした熱量があります。あとは我々が応えるだけなのですが、質の良いものよりも安価で買い替えられるものを、と思っているだけではダメなのだろう、とも感じていて、服にこだわりがない層の購買意識をどう変えていくか、というのも課題なのかもしれないですね。ブランドイメージを損なうことはそのブランドとって致命傷にもなります。だからこそ、我々は冷静にブランドの動静を見守って、そのときの最善の手を打つ、というのができるといいのだろうと考えています。
ファッションについて考察していくコラム、今回はここまでです。
(参考文献:「クリティカルワード ファッションスタディーズ 私と社会と衣服の関係」2022年、フィルムアート社)
ライティング:長島諒子