ファッションの聖地といえばパリコレ(パリコレクション)ですよね。
パリコレに進出できるということは名実ともに世界的デザイナーとして認められるということですが、同時に世界に挑戦するということで賛否両論を巻き起こすことがあるのも面白いところ!
そんな偉業を達成した日本人デザイナーを10人ご紹介します。
三宅一生 | ISSEY MIYAKE
「ISSEY MIYAKE」のブランドで知られる三宅一生は1973年にパリコレに初参加しました。
1枚の布で体を包むことが洋服の本質であり普遍的であるという発想と、布が持つ美しさ、表現が大きな話題になりました。
洋服をデザインするという概念そのものを覆したわけです。
山本耀司 | Yohji Yamamoto
出展:WWDJAPAN
「Yohji Yamamoto」の山本耀司は1972年に「Y’s」を立ち上げ、1981年にパリコレデビューしています。
黒を多用したデザインが当時のタブーを破ったことから大きな賛否を巻き起こし、革命とも言われました。
高田賢三 | KENZO
出展:VOGUE
1970年のパリ・プレタポルテ・コレクションでデビューしました。
プレタポルテは既製服のこと。高田賢三は社会進出をしようとする女性のために優雅なオートクチュール(高級注文服)ではなく、ゆったりと活動できる既製服を生み出した日本人デザイナーです。
1970年の始めごろから、イヴ・サンローランやソニア・リキエルらとともにプレタポルテの時代を開拓しました。
津森千里 | TSUMORI CHISATO
出展:PRTIMES
女性が元気になるようなポップでガーリー、どことなく淡くファンタジーな雰囲気もある洋服や小物をたくさんデザインしている津森千里は2003年にパリコレデビューしています。
彼女が提案する自由で幸せなテイストが好みという女性ファンは世界中にいます!
川久保玲 | COMME des GARCONS
出展:CDG FREAK
COMME des GARCONSの生みの親である川久保玲がパリコレに進出したのは1981年。
ノンセクシュアルな直線的なデザインを揶揄する声も多かったのですが、人と違うことをやってこそファッションデザイナーで、当時のパリ・ファッション業界に与えたインパクトは非常に大きなものでした。
現在も海外から高い評価を得ています。
渡辺淳弥 | JUNYA WATANABE COMME des GARCONS
出展:CDG tenpomap
パタンナーとして川久保玲の元で学んだのちに、1992年にジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソンのチーフデザイナーとなり1993年よりパリコレに参加しています。
2003年から日本国内のみでレディースラインのCOMME des GARCONS JUNYA WATANABE MAN PINKを開始し、2005年に株式会社コムデギャルソン取締役副社長となっています。
丸山敬太 | KEITA MARUYAMA
出展:GLAM
「BIGI」「アツキ・オオニシ」でデザイン経験を積んで、1990年にフリーに転身しました。
1992年にRAY BEAMSで「ケイタ マルヤマ トウキョウ パリス / KEITA MARUYAMA TOKYO PARIS」ブランドを立ち上げ、1998年春夏シーズンでパリコレクションデビューしています。
2013年には日本航空(JALグループ)の客室乗務員・地上接客部門の制服デザインを手がけたことでも話題になりました。
高橋盾 | UNDER COVER
出展:MODESCAPE
UNDER COVER創始者の高橋盾は2003年にパリコレに進出しました。
アンダーカバーが会社として設立されたのは1994年です。どことなくパンキッシュでありながら既存のデザインにはない独自の感性と、限定生産で入手困難とされていたこともあり、プレミアもついて大変な人気を博しました。裏原を代表するブランドです。
2010年にはナイキとコラボした「GYAKUSOU」を発足しています。
島田順子 | Junko Shimada
出展:CROSS PLUS
島田順子は1966年にフランスにわたり、1981年に「JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO」を設立しました。同じく81年にパリコレデビューして以来、2021-22AWコレクションでなんと40回目の発表を迎えました。
現状に満足せず、常に「次回はもっとよくなるかも」と期待しながら走り続けてきたことが40年もの間パリコレへの挑戦を続けてこられた原動力だそうです。
阿部千登勢 | sacai
出展:VOGUE
1999年にsacaiを設立し、2011年にパリコレデビューを果たしました。
阿部千登勢はコムデギャルソンなどでパタンナーを経験してから、自身のブランドを立ち上げました。
彼女の素晴らしいところは、派手な宣伝や売り込みではなく、パタンナーとしての確かな腕が評価され、スタイリストや雑誌での紹介、セレクトショップで指名されるなど、口コミやユーザーからの評判で支持されているところ。
さらに2009年に日本人として初めてモンクレールのデザイナーに選ばれ、その2年後に2011年にパリコレに進出しています。
海外からの評価が非常に高く、デパート、セレクトショップでも取り扱いがあります。