今、注目される日本のデザイナー達Ⅵ~瀬田 一郎(せた いちろう)~

偶然の出会いから、自分の運命を手繰り寄せるチカラ


瀬田一郎氏 参照:https://e.usen.com/archive/sub-archive/31162.html

瀬田一郎氏は、1963年東京の生まれ。ジャンポール・ゴルチエや山本耀司といった、時代をを築いた偉大なデザイナーの下で働き、1998年に「株式会社シィディア」を設立し、独立を果たします。現在は自らの名前を冠したブランド「setaichiro」のほか、他ブランドのプロデュースもおこなうなど、活躍の場を広げています。その成功は、偶然の出会いから始まりました。

ジャンポール・ゴルチエと山本耀司の下で働く

小学生のときから、漠然とファッションデザイナーという職業に憧れを抱いていたという瀬田氏は、高校卒業後に東京モード学園に進学します。ちょうどその頃に世界的な人気を博していたのが、個性的なデザインで知られる「ジャンポール・ゴルチエ」でした、瀬田氏は、ゴルチエのつくる服に大きな感銘を受けて、モード学園卒業後には、ゴルチエの日本代理店企業で働き始めます。
そこで最初の出会いが訪れます。代理店の集まりに、来日していたジャンポール・ゴルチエが出席することになったのです。憧れのデザイナーと話す機会を得た瀬田氏は、このときの自分の素直な気持ちをゴルチエに投げかけました。
「パリのあなたのアトリエで働かせてください」。
若者らしい向こう見ずな言葉に対してゴルチエは、意外にも微笑みながら「来ればいいさ」、と言ったのです。これには瀬田氏も半信半疑で驚愕したそうですが、そこからの行動が運命を変えてゆきます。
瀬田氏はすぐに代理店企業を辞職して、パリに向かいゴルチエのアトリエに向かったのです。ゴルチエには「アトリエで働きたいと何十人もの人に言われたけど、本当に来たのはお前が初めてだ」と言われたそうですが、熱意が通じたのか研修生として受け入れてもらえたそうです。
パリ時代には再度、運命を変える偶然の出会いが起こります。それは、コレクション会場の舞台裏で当時からトップデザイナーであった山本耀司が偶然通りかかり会話したことでした。この出会いがきっかけとなり、瀬田氏は帰国後ヨウジヤマモトに就職、多くのキャリアを積むことになります。

『ENKAMANIA』で最優秀デザイナーに選出され、世界にデビュー

「ヨウジヤマモト」や「ワイズ」で企画チーフを務めるなど、世界的なブランドで多くの実績を積んだ瀬田氏は、1998年に「株式会社シィディア」を設立し、独立します。
ただ、独立直後には「ビジネスとしての服づくり」に戸惑った面もあったそうです。それを払拭して、世界で活躍する足がかりになったのが、ドイツの繊維メーカーが主宰する「ENKAMANIA(エンカマニア)」というデザインコンクールでした。世界から500名以上のデザイナーが参加した中、瀬田氏は最優秀デザイナーに選出、ミラノコレクションに参加するなど、活動の幅を広げていったのです。

「服としての完成度」にこだわる職人気質

「服は人が身につけた時にいちばん美しくなければならないんです。壁にかけてある服がいくら芸術的で美しくてもそれはまったく意味のないことなんです」瀬田氏は服づくりに対してそう語ります。職人的とも言えるその目線は、多くのこだわりを持つがゆえに、たくさんの女性に支持されています。

オリジナルへのこだわり


参照:https://senken.co.jp/posts/seta-ichiro-210119

瀬田氏が服づくりのときに、最もこだわるのは生地です。「単に生地選びというだけのことではなく、生地からオリジナルにこだわっています。もちろん糸一本まで徹底的にです」と語るように、細部にこだわる流儀が、いつしか周囲から「職人気質」とも言われるようになっていきます。
ただ、全体のバランスを考えることも忘れてはいません。オリジナルにこだわると同時に、「服に無理がないか?」ということも考える必要があると言います。「素材を最大限に活かしながら、自分なりの哲学のようなものを織り込んでいくのがデザイナーの仕事」とも語る瀬田氏は、いつも「バランス感覚」を重視した服づくりを心がけています。そして、そのコンセプトが多くの女性に受け入れられているのです。

着心地良くエレガントに、時代に即して新展開も


参照:https://www.jiji.com/jc/article?k=000000011.000075351&g=prt

近年は新型コロナ感染症の世界的な蔓延によって、世界経済は疲弊。アパレル業界も例外ではなく、苦しい状況は続いています。しかし、瀬田氏が提唱するのは「自分たちの役割として、ドレスを提案し続ける姿勢を変えてはいけない」ということ。
瀬田氏が運営するブランド「セタイチロウ」は、従来どおりのエレガントで、着る人が楽しくなるようなラインナップを現在も発表し続けています。
また、2022年春からは、日常や旅行などのファッションで人気がある「ハヴァナイストリップ」で、瀬田氏がブランドプロデューサーとして迎えられます。「低価格で機能的な今の時代の大人の女性に届く服を作りたい」との言葉通り、さらに進化した、女性を美しく見せるための服が実現することでしょう。
価値観は時代によって変化します。洋服もその時代に合わせて、変化をしてゆく必要はありますが、その普遍的な部分は堅持していくことも大切です。それこそが、瀬田氏が語る「バランス感覚」なのかもしれません。